不妊から妊娠 MuTさん)
  • 20153月修了

2014年10月入会

「不妊から妊娠」

入会まで
結婚して2年半、子供ができず不妊でした。初潮の頃からか生理不順でなんとか治したいと思っていた頃、お友達からマクロビオティックを教えてもらいました。2012年秋頃だったと思います。
それから何となく自分の中で引っかかるものがあり少しずつ取り入れていきました。
白米から玄米に変え、調味料を本物のものに変えました。レトルトやお惣菜、冷凍食品、インスタント類は以前から使っていませんでした。お砂糖も使わなくなり市販のお菓子も食べなくなりました。この期間は2012年秋から2013年冬にかけて少しずつ変えていきました。2014年あたりからは動物性のものを控えるようになりました。同時に2013年12月から本格的に不妊治療専門の病院にも通いはじめました。

自己流マクロをはじめてから自然に体重が7kgほど減りました。体重が減ったせいで生理不順だったのが自力で生理が来なくなってしまいました。
自己流マクロには限界かあると思っていた頃たんぽぽ便りにたどり着き、直感でこの先生の教室に行きたいと思い申し込みしました。

教室に通い始めて変わったこと
・朝を梅生番茶に
・主食を多く、おかず食べをしない
・穀物はよく噛んで食べる
・「いただきます」の時に感謝する
・果物を食べなくなった
・根菜類、豆類、蒟蒻、海藻類を意識して食べるようになった

恭子注:自己流マクロには、限界がある、とご本人が上に書いていますが、そうなんです。
教室に通い始めて変わったこととして書いてある食事はマクロの食事なのですが、それ以前の自己流マクロは何を食べていたのでしょうね。


よく作って食べたもの
黒豆や雑穀入り玄米ご飯、けんちん汁、ごま塩、きんぴら、五目豆、煮しめ、青菜のごまよごし、かぼちゃのケーキ、おからクッキー、雑穀パン

自分だけ仕合わせ
夫はマクロビオティックに理解がなかった為、私は一人で平日マクロを実行していました。夫には肉、魚、卵料理から1品付けて五分搗き米にしていました。休日は選べる時はマクロに沿ったもの、そうでない時はその場に応じて楽しんで何でも食べるという感じです。ただ甘いものは常に食べないようにしていました。
恭子注:「自分だけ仕合わせに」
とは、恭子式マクロの真髄のひとつです…
愛する家族に良い食事…マクロの食事を…食べさせたいと皆さん思うのですが、何よりまずご本人が健康にならなくては説得力がありません。まずは、自分一人だけマクロの食事をして元気になれば、家族は自然と同じマクロの食事になります。

不妊治療にて妊娠
2014年12月に妊娠が判明しました。教室に通い始めて1ヶ月半、お医者さんからは見込みなしと言われていましたが、初めての不妊治療で妊娠できたので本当に奇跡だと思いました



その頃の身体の変化
基礎体温が2層に分かれるようになっていた
恭子注:妊娠可能な高温期が出てきたということです

・玉ねぎを刻んでも涙が出ない
恭子注:これは、陰性の身体だと、玉葱を刻むと目に染みるのです。マクロの食事をして身体が陽性になれば玉葱が目にしみなくなるのです。

・甘いものを食べると顔から首にかけて痒くなる
恭子注:血液がきれいになると身体に悪いものを食べるとすぐ反応が出るようになります。
悪いものは悪いとすぐ教えてくれる体になるのです。


・胃の位置が上がった気がする
恭子注:これは私も体験しました。
胃下垂気味の陰性な体質が細胞がキュッと引き締まって陽性になったということです。


妊娠してからの食事
先生からのご指導で昭和30年代の庶民の食事にかえました。自己流マクロの頃からかお肉を避けていたので食べることに抵抗を感じていましたが教室のたびに先生から「妊娠したら動物性たんぱく質も食べて下さい。」「食べていけないものはないんです。器を超えては食べるから病気になるのです。」と何度も言われていたのでだんだんと「食べてもいいんだ」とお肉に対する抵抗もなくなっていきました。
恭子注:これもマクロビオティックの常識と違って、恭子式マクロです。
妊娠したら、動物タンパク質も少量入れた方がいいのです。玄米も止めて分搗き米にしましょう。パンはお勧めしません。



妊娠中よく食べていたもの
五分搗き米、納豆や梅干しやしらすの海苔巻き、野菜のあんかけうどんや蕎麦、焼きそば、天然酵母パン、野菜炒め、雑穀パン、焼き芋
(甘いもの以外は幅広くなるべくマクロに沿ったものを食べていました)


4月に死産
妊娠6ヶ月に入る20週の時に死産しました。赤ちゃんがもうダメだと分かってからぷつっと糸が切れてしまい、過食にはしり、あっと言う間に体重が増えてしまいました。「食で運命を変える」という言葉が頭には浮かぶのですが実行できませんでした。
病院ではおやつにケーキが出たり、夫が好意でスイーツを買って来てくれたりしたので甘いものも口にしていました。気持ち的にも弱くなっていて頭では食事をととのえなければと思っていても「まぁいいや」となげやりでした。
先生からお電話を頂き「一度妊娠できたんだから大丈夫よ、またすぐできるわよ。体がととのったら心も元気になるわよ。また教室にいらっしゃい。」と明るく元気な声でおっしゃって頂きとても嬉しかったです。

死産後の食事
退院して1週間は割り切って夫に甘えることにしました。入院する前に玄米クリーム、けんちん汁の具を炒めたもの、雑穀パンなど冷凍できるものを作り置きしていたので作り置きのものや夫が買って来てくれるものを食べていました。(デリバリーや冷凍食品、お惣菜など)
1週間後からは初心に戻って玄米菜食をはじめました。
豆や雑穀入りの玄米ご飯、けんちん汁、ごま塩、きんぴら、煮しめなどを主食を多く、よく噛んで食べるようにしました。
玄米菜食に改めて3日目くらいから体重が減り始め、大きなお便りが1日2?3回に増えました。これには自分でもびっくりしました。そして、先生の言葉どおり食事をととのえたら体も軽く元気になり、心もだんだん元気になってきました。まだまだ思い出しては涙することもありますが前向きに考えられるようになりました。
恭子注:「健全な身体に健全な精神宿る」とはまさにこういうことです。
こころはなかなか思い通りにはなりません。が、からだは食事を基本の食事に戻せば科学ですので、健康になってくれるのです。


妊娠できることを教えてくれた
・夫婦で楽しく妊娠生活を送れて幸せだった
・胎動を感じることできた
・死産だったが陣痛も破水も経験して出産できた
・つわりもなく安産で親孝行な赤ちゃんだった

このように前向きに考えて「ごめんね」ではなく「ありがとう」とお腹に来てくれた赤ちゃんにも感謝しました。

今回のことを通じて「当たり前ってないんだな。当たり前のことはとてもありがたいことで感謝するべきことなんだ。」と強く思いました。

そして、食事による体の変化、心の変化も身を持って体験しました。

この教室で教えて頂いた

・食事で運命を健康にしていく

・病気になったら治せばいい
恭子注:これも皆さんに良く言うことです。
いつでも病気ひとつせずに元気でいることは、肉体を持った人間にはできないことなのです。病気になっても治ればいいのです


・やったらやった分だけ良くなる

・器を超えて食べると病気になる

・感謝する

などなど思い出すだけで涙がにじんでくるあたたかい先生の教えを胸にこれからも続けていきたいと思います。

恭子先生に出会えた自分の運の強さをさらに食事により強くして運命を健康にしていきたいです。





 恭子から一言

 
書いてくださったとおり、この方は、私の伝えたいことすべてを受け取って下さいました。

また、お子様は授かるでしょう。

そして、その次には、子どもを授かるのが人生の目的ではないので、最終的にはご自分の人生を花開かせて下さい。